6.須賀神社

四ツ谷・市ヶ谷・飯田橋

君の名は。の聖地・須賀神社

 

 この写真を見るだけで、あの映画のラストシーンが自然と再生されるという人も多いのではないでしょうか。二人で参拝していたら、上と下からすれ違って「君の名は…!」と再現して遊んでみたかったかも笑

 という訳で、興行収入250億円超え、歴代興行収入ランキング5位(令和3年6月現在)の歴史的大ヒット映画・君の名は。のラストシーンの舞台になった須賀神社にやって来ました!

 このラストシーンの舞台は須賀神社参道の階段であり、JR信濃町駅から徒歩10分、四谷三丁目駅から徒歩8分ほどの閑静な住宅街の中にあります。

 神社の名前が書かれた石柱の後ろには、男爵平沼騏一郎敬書の文字が!平沼騏一郎ってあの人ですよね、「欧州情勢は複雑怪奇」と言って総辞職した第35代内閣総理大臣の。思わぬところに意外な名前を発見してびっくりしました。

 階段真正面。結構ありますかね。

 階段を上りきると参道と奥に神社が見えてきます。参道左手にはお手洗いと多少の木々、ベンチなんかもあったので、ここでお弁当を頂きました。天気も良く、空気も爽やかで気持ちよかったですね~

 参道右手にはなんと須賀の杜と書かれたアパートがあります!神社の境内にアパートというのも結構珍しいですね!大家さんも須賀神社で、10世帯ほど入れる木造のすごい綺麗なアパートで、神社の近くに住むなんてご利益ありそうですね~

 短い参道を抜けて、道路を挟むと真っ赤な鳥居があります。

 鳥居をくぐってすぐ横、鳥居の後ろくらいのところに精悍な顔をした狛犬さんがいらっしゃいます。これもちょっと珍しめな位置にいらっしゃるような…?

 狛犬さんの横にはお神輿を収納する大きめの倉が、その横には手水舎があります。龍の口からお水が出てくるカッコいい手水舎なのですが、新型コロナウイルス対策で現在使用出来なくて残念です…。

 手水舎も通り過ぎ、短い傾斜も渡って本殿に参拝します。新しめな感じのする立派な本殿ですね!この社殿は元々文化11(1815)年8月に起工し、15年の年月をかけて文政10(1827)年に竣工されたものでした。しかし、東京大空襲の際に焼失し、戦後氏子の人たちなどの尽力によって今日の立派なご社殿となったそうです。 社殿の中では恐らく御祈祷の用意?をしていらっしゃいました。ちなみに御朱印など授与品は隣のスペースで頂けます。

 授与品等を頂けるスペースの横には出雲大社などの祭神であり、天照大神の弟・素戔嗚尊の子である大国主神の木像が祀られています。この像のお姿は、民衆に姿を隠すため頭巾を被り、夜中財物を入れた袋を背負って貧民に施しを行い、その人々が喜ぶ姿をご覧になって、にこにこと微笑んでいらっしゃるお姿を現しているものらしいです。前の俵を撫でながら、真摯にお祈りするのが作法だそうですよ。(説明板参照)

 社殿横の道すぐには、飯塚正兵衛氏の銅像があります。新宿を中心に展開する丸正チェーンの創業者で、氏子を代表して神社の復興・神威の高揚に協力したと書かれています。

 銅像の横には慰霊碑があります。神社本庁統理・徳川宗敬謹書とありますが、宗敬氏は水戸藩第12代当主・篤敬氏の次男で、修正緑化運動に尽力して緑化の父とも称された人物だそうです。

 社殿左手の道の最奥には、境内社である天白稲荷神社があります。

 稲荷神社なのに何故かお稲荷様ではなく狛犬さんです。

 稲荷神社らしく油揚げがお供えされていました。ちょっとかびてますね笑

 続いて、社殿正面まで戻って分岐の右手の道には、境内社の祖霊社があります。須賀神社の現在に至るまでに尽力した様々な人が祀られています。

 そして祖霊社の奥には社務所があります。建物は見えませんが、生い茂る草木で神社らしい静かな雰囲気が出てますね。

三十六歌仙絵

 慰霊碑の横には、新宿区指定有形文化財であり、須賀神社が所有する三十六歌仙絵のコピーの展示があります。三十六歌仙とは平安時代中期の公卿・藤原公任(966~1041)が選んだ歌の名人36人のことであり、三十六歌仙絵とは歌人それぞれの肖像画に代表作一作を書き添えたものです。須賀神社の三十六歌仙絵は、三十六歌仙を一人一枚の絵に仕立て、縦55㎝、横37㎝の絹地に彩色したものを、額装して拝殿内に掲げているそうです(HP上画像参照)。当時歌人として高名四谷大番町に住む旗本・大岡雲峰の絵と、和歌や書画で人気を博した公卿千種有功の書によって天保7(1836)年に完成・奉納されたもので、当時の須賀神社の隆盛を表す貴重な文化財となっています。 (説明板参照)

 これは個人的な嗜好ですが、この三十六歌仙絵の歌人たち、特に若い衆はなかなかイケメンな表情をしているんですよ笑  家持とか、このちょっと生意気そうな表情がたまりませんね~ 小一時間ほど眺めていたい感じです。

ご由緒

  現在の須賀神社の主祭神は、須佐之男命宇迦能御魂神(稲荷大神)ですが、もともとは稲荷神社であったと言います。この稲荷神社は、一ツ木村(現在の赤坂)の鎮守として、清水谷にあったものを、寛永11(1634)年に江戸城外堀普請に際して、現在の地を替地として拝領し、移し奉ったと伝えられます。

 須佐之男命の御鎮座は、寛永14(1638)年、島原の乱に際して幕命によって兵站伝馬の御用を務めた日本橋大伝馬町の大名主馬込勘由という方が、その功績によって現在の四谷の中心地一円の地を拝領したのを機会に、寛永20(1644)年に、神田明神社に祀ってありました日本橋伝馬町の守護神・須佐之男命を地元民の総意で四谷に合祀し、御両社として祀る様になりました。この神社は当時俗称四谷天王社と呼び親しまれましたが、明治元(1868)年に須賀神社と改称し、明治5(1872)年に郷社に昇格しました。

 社名である”須賀”は、須佐之男命が出雲の国の簸(ひ)の川上に八岐大蛇を打ち平らげ給い「吾れ此の地に来りて心須賀、須賀し」と宣り給いて、宮居を示させ給う、という故事に基づき命名されたそうです。

御朱印

 前述の通り、御朱印は社殿横のスペースが授与所となっていて、そこで頂けます。令和3(2021)年4月現在書置きのもののみであり、500円で頂けます。須賀神社幸縁天神二面分を頂けて豪華ですね。

須賀神社・基本情報

須賀神社

 祭神:須佐之男命・宇迦能御魂神

 創建:寛永11(1634)年

 例祭:6月上旬

 住所:東京都新宿区須賀町5

 最寄り駅:四谷三丁目駅から徒歩7分、信濃町駅から徒歩9分

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